名古屋地方裁判所 昭和25年(ワ)1215号 判決
原告 古沢忠夫 外七名
被告 株式会社アロハアーケード
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は「原告等と被告との間において、原告古沢が名古屋市中村区広小路西通三丁目八番地所在被告所有アロハアーケード第四号店舗に、原告鷹野が同アーケード第十二号店舗に、原告大山が同アーケード第十八号店舗に、原告古橋が同アーケード第十五号店舗に、原告井上が同アーケード第二十二号店舗に、原告定政が同アーケード第三号店舗に、原告伊藤こと尹が同アーケード第十三号及び第二十一号店舗に、原告三浦が同アーケード北西通り差出し店舗にそれぞれ賃借権を有すること並にその賃料は原告古沢、鷹野、古橋、井上、定政、伊藤こと尹及び三浦は一店舗につき一ケ月金二千五百円、同大山は一ケ月金二千円なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。
一、原告古沢は被告会社所有にかかる名古屋市中村区広小路西通三丁目八番地所在アロハアーケード第四号店舗を、原告鷹野は同第十二号店舗を、原告大山は同第十八号店舗を、原告古橋は同第十五号店舗を、原告井上は同第二十二号店舗を、原告定政は同第三号店舗を、原告伊藤こと尹は同第十三号及び第二十一号店舗を、原告三浦は同北西通り差出し店舗をそれぞれ賃借し同所において営業を行つているものであるが、被告会社は原告等を同会社の「出品売店員」であるとして原告等の右各店舗の賃借権を認めない。
二、右店舗はいずれも建坪約四坪であつて、その敷地の買入価格、建築費及びその他の経費の合計は僅か金二万余円に過ぎないにかかわらず、被告会社は昭和二十四年九月から昭和二十五年一月まで原告古沢に対し一日金四百九十六円宛、同鷹野に対し一日金五百四十四円宛、同大山に対し一日金四百円宛、同古橋に対し一日金千円宛、同井上に対し一日九百十二円宛、同定政に対し一日金三百八十四円宛、同伊藤こと尹に対し一日金千二十四円宛、同三浦に対し一日金九百十二円宛の賃料を責任歩合金名義の下に徴収し、同年二月以降も右金額以上の金員の支払を要求している。しかし右賃料額は不当に高額なので、原告等は被告に対し右要求に応じ難いが該店舗の適正な賃料ならいつでも支払う旨申し入れたが、被告はこれに応じない。よつて原告等は被告に対し右適正賃料として請求の趣旨記載の金員をそれぞれ提供したが、被告はこれが受領をなさない。
三、原告等が本件各店舗を賃借するに至つた事情は次のとおりである。
(イ) 昭和二十年終戦後訴外船橋秀一、同安保嘉十郎、同塚原周助、同角嘉七、同山本道雄、同加藤賢一、同神谷一英の七名が名古屋市中村区広小路西通三丁目八番地宅地約千二百坪を代金一坪金三百八十五円ないし七百円、五ケ年年賦償還の後所有権を取得する旨の約定で名古屋市より買受け、右共有地上に貸店舗を建築して商店街の建設を計画し、事務所を同市中村区堀内町訴外角嘉七方に置き新聞紙上に数回(最後は昭和二十一年一月十四日)次のような広告を掲載して店舗借受人を募集した。その広告文面の要旨は左のとおりである。
一、参加商店募集 アメリカ式最新型の商店街 一、経営指導 東京清水正己先生 一、募集店舗 一〇〇戸 一、店の大きさ (イ)三間間口店舗 (ロ)二間間口店舗 一、参加資格 商品投資権利保証金を含み三万ないし五万円用意の方、三十代四十代新進気鋭熟と粘りを有し協力性に富む方 一、申込締切 一月二十五日 一、参加者決定 二月上旬清水先生の講習会を開き二月中旬参加者決定す」
そこで原告等は右事務所に赴きその詳細を尋ねたところ、訴外清水正己の指導を受け適任者に建坪三坪ないし十二坪の店舗を賃貸するとの説明があつたので、原告等多数の者がこれに応募した。そして同市中村区所在西社会館階上で前記清水正己を講師として訴外加藤賢一等も列席の上右応募者に対し講習が行われ、次いで応募者の経営に対する熟意、取引銀行、資産状態等営業適格を調査の上数日後訴外船橋等から原告等あて合格の祝電が来り、右店舗完成の暁はこれを賃借し得る旨承諾を得た。よつて原告等は訴外船橋等に対しその要求どおり一坪金三千円宛の保証金を納入し、同時に原告等三十七名はアロハアーケード商業組合を設立して原告定政方を事務所と定め、同人を組合長に選任し右店舗の建築を待つていたのである。
(ロ) しかるに訴外船橋等は上述のとおり原告等から保証金を徴集しこれをもつて右店舗の建設を計画したが、同人等間の内輪もめで右店舗の建設計画が停滞している間に右保証金は預金封鎖されこれを自由に利用することができなくなつたので、同人等は小都合にも右封鎖による不利利益を原告等に転嫁しようと考え、昭和二十一年八月下旬頃前示組合長たる原告定政に対し「原告等から預つた保証金は訴外塚原周助の印鑑を使用し原告等の名義がそれぞれ預金保管していたが、これを封鎖されて仕舞つたから原告等に返還しない」旨申入れて来たので、原告定政はこれに対し元来船橋等の被るべき封鎖による損害を原告等に転嫁しようとするのは不都合であると答えたところ、同人等は原告等に対し若し店舗を賃借したいならば右要求に応ずべきであると強要し、万一原告等においてこれを拒絶すれば右店舗の賃借を受けることができなくなる恐れがあつたので、原告等は止むなくこれを承諾しひたすら店舗の建築完成を待つていた次第である。
(ハ) ところで訴外船橋等は店舗を建設して他に賃貸するのは徒に賃借人を利するのみであるから、同人等において自らこれを経営するか又は該土地を他人に転売して利益を収めようと考え、容易に店舗の建築に着手しないので、原告等は再三これを督促し右店舗敷地を不法占拠している露店商人の立退及び建築資金の融通等につき援助奔走した結果、昭和二十一年秋頃になり漸く同人等は訴外夏目組に工事を請負わしめ、当初の計画に反し著しく小規模の商店街を建設するに至つたのである(被告は右第二次建設計画は訴外船橋等とは別途に訴外安保等において新規に樹立したものであると主張するが、右は全く事実に反するのである)。
四、原告等が本件店舗を賃借し開店してから今日までの事情及び前記のような高額の賃料を支払うに至つた事情は次のとおりである。
(イ) 昭和二十二年一月二十日原告等は訴外船橋等から荒壁を塗つたままの程度で右店舗の引渡を受けこれを賃借し、その後各自店舗の仕上げ、装飾、陳列ケースの設置、商品の仕入れ及びガス、水道、照明等一切の設備をなし、商号包装紙も各自のものを使用して営業を開始するに至つた。
(ロ) ところで右店舗の引渡を受けるに当り、訴外船橋等は突如原告等に対し営業基本則なるものを示してこれに基く契約の締結を求め、原告等を出品店員なる不可解な地位にあるものとして原告等の各店舗における売上金に対する歩合金を納入すべきことを要求して来た。よつて原告等は船橋等に対し原告等は賃借人であつて同人等の従業員ではない旨主張したが船橋等は右契約は単なる形式的のものであつて実質的には店舗の賃貸借契約なる旨明言し、且つ万一右契約を締結しなければ店舗を賃貸しない旨強調したので、原告等は既に長期間店舗の建築が延引して来た干係もあり、止むなくこれを承諾した。しかし右契約は原告等と訴外船橋等との間において地代家賃統制令に対する脱法行為であつて、その本質はあくまで賃貸借契約なる旨諒解されていたのである。そしてそれ以来今日まで原告等は訴外船橋又は被告会社から給料を貰うこともなく、昇給解雇退職等に関する就業規則の制定もなく、もちろん従業員名簿へ登載もされず、商品の仕入れ販売の実施等すべて原告等の計算において行われ、夜警費消防費、ガス代、組合費、税金等の諸経費も原告等が支出しており、且つ店舗はいずれも障壁を設けて区切られている次第であつて前示営業基本則は単なる例文に過ぎず実質は賃貸借契約であること一点の疑いもない。
(ハ) ところが右契約を締結するや、訴外船橋等は原告古沢に対し一日金百十二円宛、同鷹野に対し一日金百六十円宛、同大山に対し一日金四百円宛、同古橋に対し一日金二百円宛、同井上に対し一日金百二十円宛、同定政に対し一日金百二十円宛、同伊藤こと尹に対し一日金二百八十円宛、同三浦に対し一日金百二十円宛を歩合金名下に請求徴集した。そして原告等が各自の営業を開始するや、訴外船橋等は原告等の各店舗にレヂスターを配し、毎日の売上金全部を取上げた故、原告等はこれに対し右所為は先の言明と相違しているばかりでなく、かくては原告等が毎日の売上金をもつて更に商品の仕入れをすることが不可能となると抗議したところ、訴外船橋等は原告等に対し一ケ月三分の利息をもつて資金の貸与をする旨申し来つたので、原告等はこれを拒絶し、銀行から融資を受けようと決議した。しかしてその後同訴外人等は自ら右所為を不当と認め数ケ月にしてこれを廃止するに至つた。
(ニ) 次いで昭和二十二年五月一日訴外船橋等は被告会社を設立し同人等の大多数は右会社の役員に就任し、以後被告会社が右店舗を所有してその貸主たる地位を承継した。そして被告会社は全賃借人に対する最低売上責任額を一日合計金十万円と定め、これを各賃借人に割当てこれにより一定の歩合金を請求し、右要求に従わない者には店舗よりの立退を迫つた。そして更に同年九月一日から最低責任額を増額し、爾後再三値上げを繰返して不当に高額の賃料を請求して来た。そこで原告等は被告会社の右要求が前記賃貸借契約の趣旨及び地代家賃統制令を無視した不当なものであり、又右値上げに際し暴力を用いて圧迫する等不法の行為があつため、これが対策を協議し正式に法の救済を受くべき訴訟を提起しようと考えるに至つた。ところが被告会社は原告等の正当な主張を圧迫せんと企て、店舗改装の口実のもとに各店舗間の障壁を取除こうと図り、昭和二十二年六月頃訴外高島三治を被告会社の顧問に委嘱しその目的貫徹を計つた。
(ホ) そこで昭和二十三年一月頃原告等は賃貸権確認の訴を提起すべき準備中、被告会社は原告等に対し同月二十五日附内容証明郵便をもつて原告等との間の営業基本則にもとずく法律関係を解除する旨通告して来た。しかも同年三月頃原告等が附近の契茶店「シンセイ」で賃借権確認の訴の準備のための協議中、訴外早川某が乱入し来り散会の止むなきに至り、又同夜十二時原告定政が被告会社嘱託若くはその配下である訴外宮本、須藤、柴田、三谷こと三輪等によつて訴外黒田秀一方に連行暴行された上、前示提訴を中止すべく強要された。なおその後原告定政は訴外須藤のため金一万円を喝取せられ、且つ訴外高島により三日間営業を停止されたことがあつた。このようにして原告等は極度の恐怖を感じ、結局訴提起を中止するのやむなき結果となつた。すると被告会社はこの機に各店舗間の障壁を全部取毀ち間仕切り及び商号を廃止させようと企図し、原告等一同を名古屋市中区所在大須野球場に集合せしめ、被告会社の黒田常務、川崎支配人及び前記高島及び宮本等立会の上右計画を告知したが、原告等の歎願により漸く右計画は中止された。しかしその代償として同年二月に遡り賃料を二割方値上げする旨申渡され、原告等は被告会社の圧力の前にこれを承諾せざるを得なかつた。爾来原告等のうち正義感強く被告会社に対し正当な主張をなす者が事毎に圧迫せられ、中でも原告定政は最もひどくその被害を受けたものである。そして被告会社の意に従わぬ者は店舗の明渡を迫られ、又如何なる危害を加えられるやも知れぬ状態となり同年九月一日からは更に二割程度賃料の値上を要求され、又翌二十四年二月にも賃料の値上を要求されたが、原告等はいずれもこれを承諾せざるを得なかつた。
(ヘ) 当初原告等賃借人はそれぞれ異種の商品を販売していたが、被告会社は原告等が販売する売行良好な商品を調査し、昭和二十三年七月頃右店舗の西側に新に十店舗を建設して表面は他人名義を仮装し実際は被告会社の役員等が売上良好な店舗の販売を始めて原告等の営業を妨害し、又賃料の外に右役員が二重に一ケ月金三千円ないし一万円の歩合金を徴収した故、賃借人等のうちには販売商品の変更を余儀なくされたり、又経営困難のため遂に廃業の止むなきに至る者を生じた。そして又昭和二十三年七月頃、当時原告定政が営業していた店舗金峰堂の正面は非常用通路として開けてあつたが、被告会社は会社嘱託訴外宮本に一店舗を貸与するため右通路をも閉鎖して一店舗を建設したので、原告等は火災の場合を恐れて右通路を開くよう請求したが、被告会社はこれを拒絶した。なお原告定政は当初楽器類の販売をしていたが、賃料が高額なので経営困難に陥り新に菓子類の販売を始めたが、訴外黒田等は自らも他人名義で菓子類の販売を始め且つ原告定政に対し同人が賃借している店舗明玉堂の明渡を迫つてその営業を妨害し、昭和二十五年三月三十一日夜に至つて右店舗を無断施錠するに及んだので、原告定政は止むなくこれが妨害排除のため仮処分を申請したところ、却つて被告会社は原告定政に対し右店舗使用禁止の仮処分を申請したが、結局同原告申請どおりの仮処分決定がなされた。
(ト) また被告会社は昭和二十五年二月更に賃料の値上を要求して来たので、原告等は従来とても高額に過ぎ経営困難を来している際であるからとうてい右要求に応じられない旨主張し、右申入を拒絶して適正賃料の妥結方を交渉して来たが、被告会社は遂にこれに応じないのである。
よつて原告等は本件店舗につきそれぞれ賃借権を有すること並びにその適正賃料がそれぞれ請求の趣旨記載の金額であることの確認を求めるため、本訴請求に及ぶ次第であると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のように述べた。
原告等の請求原因事実について、
一、第一項中、被告会社が本件各店舗の所有者であること及び原告等がそれぞれ原告主張の店舗において営業していることは認めるも、その余の事実は否認する。
被告会社は百貨の製造及び販売並びに百貨の委託販売及び右に関連する業務を目的として設立され、被告会社と出品売店員との間に締結された営業基本則なる無名契約にもとずき出品売店品を各店舗に附置し一種独特の営業を営んでいるのであつて、決して原告主張のように店舗の賃貸を営業としているのではない。しかも原告等は次に述べるとおり被告会社の出品売店員たる地位をもはや有しないものである。
(イ) 原告古沢、同鷹野、同井上、同定政及び同伊藤こと尹は昭和二十五年二月一日以降、同大山は同年四月二十一日以降、同古橋は同年五月一日以降、同三浦は同年九月十一日以降いずれも再三の督促にも拘らず営業基本則所定の売上歩合金を被告会社に納入しない。よつて被告会社は原告等(但し三浦を除く)に対し該金員を一週間以内に支払うよう同年八月二十三日附書面をもつてそれぞれ催告したが、原告等はこれを支払わないので、右契約第十六条により同人等との間の法律関係を解除すると共に該店舗の明渡を求める旨同年九月六日附書面をもつてそれぞれ通知した。又原告三浦に対しては昭和二十六年一月二十五日附訴状をもつて同人との間の法律関係を解除すると共に当該店舗の明渡を請求した。なお仮に被告会社と原告等との間の法律関係が賃借契約であり売上歩合金が賃料であるとしても、被告会社は原告等の賃料不払を理由として賃貸借契約を解除したから、原告等はいずれも賃借権を有しないのである。
(ロ) 原告古沢は昭和二十三年四月以降訴外合名会社山中屋履物店をして、同鷹野は昭和二十六年一月二十四日以降訴外株式会社清花堂をして、尚古橋は昭和二十六年二月十四日訴外銀座ストア株式会社をして、同井上は昭和二十五年二月十三日以降訴外合資会社英国屋をして、同定政は昭和二十四年三月二十五日以降訴外サンタ商事株式会社をして、同伊藤こと尹は昭和二十五年二月一日以降訴外株式会社旭商会をして、同三浦は昭和二十五年二月十日以降訴外株式会社さくらやをして、いずれも被告会社の承諾なきに拘らず当該店舗を使用せしめている。よつて被告会社は昭和二十七年十二月十一日原告等に対し営業基本則にもとずき同人等との間の法律関係を解除したが、仮に同人等との間の法律関係が賃借契約であるとしても、被告は右無断転貸の理由をもつて同日かぎり右契約を解除した。
(ハ) 原告古橋は昭和二十六年八月被告会社の承諾なくその店舗を破壊改装したので、被告は同月二十五日同原告に対し店舗の原状回復を請求したがこれに応じなかつた故、被告は昭和二十七年十二月十一日同原告に対し同人との間の法律関係を解除した。しかして仮に同原告との間の法律関係が賃貸借契約であるとしても、被告会社は同原告に対し同一の理由をもつて同日限りこれを解除した。
(ニ) 原告等の売店の販売商品は当初原告定政については金物類、同伊藤こと尹については旅行具及び運動具としてあつたが、被告会社の承諾なく原告定政は洋品雑具に原告伊藤は他の商品にそれぞれ変更した。よつて被告会社は右原告両名に対し営業基本則にもとずき昭和二十七年十二月十一日かぎり同人等との間の法律関係を解除した。
二、第二項中、被告会社が原告等に対し原告主張のような売上歩合金を徴収したことは認めるも、その余の事実は否認する。本件店舗敷地の買入価格建築費及び他の経費は当時としては高額のものであり、決して不当の価格ではなかつた。
三、第三項の(イ)の事実中、単価一坪の金額が原告主張の如くなる点及び右店舗を原告等に賃貸したとの点は否認する。右宅地の単価は一坪金六百五十円ないし七百五十円であつた。
右店舗建設の事情は次のようである。当初訴外船橋外六名が発起人となつて訴外角嘉七を委員長とし、商店経営の権威者清水正己を招へいした上、出店希望者から建坪一坪金三千円宛の保証金を提供させる規約を定め、これを昭和二十一年一月十四日附中部日本新聞に掲載して出品売店員を募集し、募集者中約六十名を選抜した。そして同年二月中旬前記角嘉七に代り訴外人塚原周助が委員長となつた。右保証金を納入した者は該六十名中原告等を含めて約三十名であつたが、塚原委員長は納入された保証金を封鎖のまま各納入者名義で東海銀行本店に定期預金した(原告定政の保証金は昭和二十一年二月十七日に、同古沢、鷹野、古橋、伊藤、三浦の保証金は同年三月一日に、同井上の保証金は同月二日にそれぞれ預金した)。
(ロ) の事実は否認する。右塚原等は保証金をそれぞれ定期預金してこれを利用する意図は全然なかつたものである。ところで昭和二十一年三月頃経済界の事情にかんがみ訴外塚原等は本計画の遂行は不可能と考え、止むなく前記店舗の建築を打切ることとなり、同年四月三日から同月十五日までの間に右保証金納入者を名古屋市中村区所在西社会館に集合せしめ、各納入者名義の定期預金証書をそれぞれ返還して本計画を打切つたのである。
(ハ) の事実は否認する。その後訴外安保嘉十郎、塚原周助、加藤賢一、黒田秀一、安藤一三、神谷一英の六名(後に四方尚義が加わる)は新規の構想にもとずいて本件店舗の建築を計画し、訴外城戸武男を設計監督に依嘱し訴外夏目組をして工事を請負わせ、その間本件店舗敷地における多数露店商の不法占拠を排除する等幾多の難関に遭遇しながらも、遂に右店舗の完成を見るに至つたのであつて、該店舗建築に当つては全然原告等の援助を受けたことはないのである。しかしてその際原告等の懇請を容れて特にこれを優先的に考慮し、同人等を出品売店員として採用したが、保証金等は一切とらなかつたのである。なおその際別に右敷地隣地にアロハ会館(映画館)をも同時に建設した。
四、第四項の(イ)の事実中、原告等がその主張のような設備を施し商号を使用して営業を始めたことは認めるも、その余の事実は否認する。被告会社は本件店舗を完成の上、原告等を当該店舗の出品売店員として業務を執行させたものであつて、原告等がその主張のような設備を施し又対世間的な商号を使用することは当初の契約で特にこれを許容してあつたのである。
(ロ)の事実中、被告会社が原告等と営業基本則なる契約を締結し、同人等より歩合金を徴集したこと及び原告等が当該店舗において営業していることは認めるも、右契約を締結するに至つた事情は否認する。右契約は名古屋市中村区所在弁天閣において訴外安保、黒田及び川端正夫立会の上、原告等一人々々によく説明し納得させてこれを締結したものである。訴外安保等は右契約により原告等を出品売店員としてそれぞれの店舗に付置し、一種独特の営業を始めたものであつて、決して店舗の賃貸を営業としたものではない。しかして右契約に規定された営業の方式は次のとおりである。
1 アロハアーケード館内に第一号から第三十号までの三十売店(後に一売店を増設)を設置し、各売店で販売する商品の色分けは売店販売商品表であらかじめ定める。
2 各売店には専属の出品売店員を置く。出品売店員は本部選択の上任命する。なお各売店には直接本部の任命した売店係(事務員)を専属させる。
3 各出品売店員は前記売店番号の外に対世間的な屋号を附することができる。なお本部の許可を得て販売主任及び売子等を自ら雇い販売の補助をさせることができる。
4 出品売店員は販売すべき商品を自ら仕入れ売店に陳列する。その種類及び数量は売店販売商品表に従う。なお商品は逐次これを補充し在店商品をして日々の販売に支障ないようにする。
5 販売事務は出品売店員主となり売店係これを補助し、売上会計事務は売店係主となり出品売店員これを補助し、共に協力し責任をもつてこれを行う。
6 売上金は毎日正確に計算し、閉店と同時に売上伝票及び報告書と共に総売上金を売店係から本部会計課に提出する。総売上金はその提出の時をもつて本部所有金に移行する。
7 売上金決算は十日毎に本部においてこれを行う、本部は総売上金の内から売上利益金規定により予め定められた営業利益金を控除し、残金を出品売店員に返還する。売上成績優秀な売店に対しては特別に報賞することができる。
出品売店員の責任は次のとおりである。
1 売上高限度は予め売上責任高表をもつてこれを定める。出品売店員及び売店係は協力してこの限度以上の成績を収むべき最善の努力をしなければならない。売上責任高に達しない場合も右責任高表に定めた一定利率の責任歩合金を本部に納めなければならない。
2 売店売上不良なる場合はこれが向上のため本部が直接指導をすることができる。
3 売店の造作、陳列装置の設定変更については出品売店員予め計画書を提出し本部の許可を得て行う。その許可を得ずしてなしたもの及び建物に固定接着したものの所有権は初めから本部に属す。売店の基本建築の部分の損傷については自然的損耗以外人為的のものは総べて売店員これが補償の責任を負う。
本部は左の場合においては出品売店員を解任し且つこれに附随して必要な処置をなすことができる。
(1) 出品売店員が本営業の基本則その他の附属諸規定に違反し又本部の指揮に従わず独断の行為あるとき、
(2) 出品売店員にして本営業の全体の名誉、信用、利益に反する著しき不徳行為あるとき、
(3) 出品売店員怠慢にして規定売上の成績を収めず且つ将来これが復活の見込が認められないとき
4 解任の決定は本部の協議によつて決定し営業長これを命ずる。解任の決定したときは期間を定めて商品の撤去及び売店の復旧を命ずる。これに従わないときは在店商品及び造作の所有権処理権は本部に移つたものとし、本部は自由に適当の価格をもつて売却処分しその処分金をもつて蒙つた損害を補償させることができる。
5 出品売店員辞任しようとする場合には十日以前に本部に申出なければならない。閉店整理のため売上低下その他本営業に蒙らせた損害があつたときはこれが補償の責任を負う。閉店片付の始末を行うときは前叙に準じ本部これが処理をなすことができる。
6 出品売店員は売店に対する出品の担任販売をなすだけであるからこれを権利として他人に譲渡することはできない。
7 出品売店員は売店内にある一切の商品売上金について自ら保管の責任を負う。
(ハ) の事実は否認する。右は訴外安保が原告等に対し営業基本則にもとずいて請求徴収したものである。
(ニ) の事実中、昭和二十二年五月一日被告会社が設立され本件店舗を所有するに至つたこと及び被告会社が原告等と売上責任額を協定し、これに基き営業利益金(歩合金)を徴収したことは認めるも、その余の事実は否認する。原告等は被告会社に対し日々の売上金額を不正に報告したので、止むなく売上責任額を協定したものである。
(ホ) の事実は不知である。原告等がその主張のような訴訟の提起を中止したのは、自らその不正を覚つたためである。
(ヘ) の事実は不知である。
(ト) の事実は否認する。
と述べた。<立証省略>
三、理 由
原告会社が本件各店舗の所有者であること及び原告等がそれぞれその主張の店舗を使用して営業をなしおることはいずれも当事者間に争のないところである。
原告等は、本件各店舗についての原告等と被告会社との間の法律関係は賃貸借契約であると主張し、被告はこれに対し、原告等は本件各店舗の単なる出品売店員に過ぎず、しかも被告会社よりの出品売店員解除通知が原告等に到達した日以降は右出品売店員たる地位をも有しないと抗争する故、この点について判断することとする。
そこで先ず(一)本件各店舗が建築され、原告等が当該各店舗を使用し営業を開始するに至つた事情及び(二)原告等が右営業を開始して以来今日までの経過について、それぞれ検討してみるに、
(一) 昭和二十年終戦後、訴外船橋秀一、同安保嘉十郎、同塚原周助、同角嘉七、同山本道雄、同加藤賢一及び同神谷一英の七名は名古屋市中村区広小路西通三丁目八番地宅地千二百余坪を代金五ケ年々賦償還の後所有権を取得する約旨のもとに名古屋市から買受け、右共有地上に店舗アロハアーケードを建築して商店街を建設することを計画し、事務所を同市中村区堀内町訴外角嘉七方に置き、昭和二十一年一月十四日附中部日本新聞紙上に原告等主張のような趣旨の広告文を掲載して参加商店を募集した。よつて原告等外多数の者がこれに応募したところ、訴外船橋等により同市中村区所在四社会館階上で訴外清水正己を講師として商店経営に関する講習会が開かれ、原告等応募者はいずれもこれを聴講した。訴外船橋等は右応募者について営業に対する熱意、取引銀行及び資産状態等商店経営の適格性を調査した後、該応募者の中から原告等を含め約六十名を合格者として選抜し各自にその旨通知した。しかして右約六十名のうち、原告等を含め約三十名が訴外船橋等の申出にかかる一坪金三千円宛の保証金を納入し、右商店街建設の完成を待つことになつた。以上の事実は当事者間に争のないところである。
ところで昭和二十一年四月頃に至り、訴外船橋等は当時の経済事情にかんがみ右商店街建設計画の遂行は不可能であると判断し、保証金納入者に前記保証金をそれぞれ返還して右計画の実行を一時打切ることとなつた。しかしてその際右保証金納入者に対し、将来該計画を再起する際は同人等を優先的に採用する旨確約した。その後右第一次計画の立案者たる訴外安保、塚原、加藤及び神谷に加えて訴外黒田秀一、安藤一三の六名(後訴外四方尚義も加わる)は右第一次計画の中止を惜しみ再び該計画を立てようと考え、右第一次計画より小規模な三十店舗を有するアロハアーケードの建設に着手した(第一次及び第二次両計画はその趣旨が同一であること、第一次計画者七名及び第二次計画者六名(後一名増加して七名)中安保、塚原、加藤及び神谷の四名が共通であり且つ右はいずれもその中心的人物であることから考え、右両計画の実体は前後同一であると認められる)そして昭和二十一年十二月訴外安保等と原告等との間に、建築完成の間近に迫つた本件各店舗について(その法律関係につき両者解釈を異にし紛争を見たが)被告主張のような営業基本則にもとずく契約が締結された。次いで翌昭和二十二年一月二十日、原告等は訴外安保等より障壁をもつて区切られた本件各店舗を荒壁塗りの状態で引渡を受け、その後原告等各自の計算で各店舗の仕上げ、装飾、陳列ケースの設置、ガス、水道、照明具等の設備を施し、宣伝、広告、商品仕入れ等も自らなし、商号、包装紙も各自のものを使用し、夜警費、消防費、税金等もそれぞれ負担することとしてその営業を開始するに至つた。以上の事実は成立に争のない乙第十号証、第五十三号証、原告定政通男の供述により真正に成立したと認められる甲第三号証の一ないし六、第五十一号証、第五十二号証、第五十四号証、第五十五号証、第五十七ないし第六十四号証の各記載、証人安保嘉十郎、同神谷一英、同黒田秀一、同川崎勢蔵、原告本人定政通男、同大山一吉、被告会社代表者山本道雄の各供述を綜合して認められる。
(二) ところが原告等が本件各店舗において営業を開始するや、訴外安保等は原告等の各店舗にレヂスターを配置して毎日の売上金を徴収し、十日間の期間を区切つて右売上金の中から営業利益金(歩合金)を控除しその残額を原告等に返還した。そこで原告等は、右のような処置は原告等の商品購入の資金を枯渇せしめその営業を困難ならしめる旨申入れたため、訴外安保等右処置を数ケ月を出でずして中止した。以上の事実は被告の明かに争わぬところである。そしてその後訴外安保等は原告等より、原告古沢については一日金百十二円宛、同鷹野については金百六十円宛、同大山については金四百円宛、同古橋については金二百円宛、同井上については金百二十円宛、同定政については金百二十円宛同、伊藤こと尹については金二百八十円宛、同三浦については金百二十円宛を徴収するのみとなつた。以上は当事者間に争のないところである。
次いで昭和二十二年五月一日訴外安保等により被告会社が設立せられ、同訴外人等のうち安藤を除く六名が役員に就任し、本件各店舗は被告会社の所有となり、原告等に対する訴外安保等の地位を承継した。その際、被告会社は本件各店舗を含めアロハアーケード内の三十店舗につき、その全体の売上責任高を一日金十万円と定めてこれを各店舗に割当て、各店舗の売上責任額に応ずる歩合金を徴収した。その後両者間に屡々紛争を繰返しながら数回に右歩合金の値上げが行われ、昭和二十四年九月一日より昭和二十五年一月までの間に、一日当り原告古沢は金四百九十六円宛、同鷹野は金五百四十四円宛、同大山は金四百円宛、同古橋は金千円宛、同井上は金九百十二円宛、同定政は金三百八十四円宛、同伊藤こと尹は金千二十四円宛、同三浦は金九百十二円宛の歩合金を徴収せられた。同年二月以降の分について、原告等は被告会社に対し右各金員が当該各店舗の賃料として著しく高額なりと主張しこれが減額を申入れたが、被告会社の応諾するところとならず、両者の間に紛争が続けられた。以上の事実は当事者間に争のないところである。
そこで叙上のように当事者間に争のない事実、被告の明かに争わない事実及び各証拠により認定せられた事実並びに成立に争わない乙第一ないし第八号証を綜合考察すると、本件各店舗をめぐる原告等と被告会社との間の法律関係の実体は、雇傭委任並に賃貸借等の各種の契約の要索を含むものと解せられるが、前記のように本件各店舗がそれぞれ障壁をもつて区切らていること、各店舗の建築の仕上げ及び装飾が原告等各自これをなしたこと、商品陳列ケース、水道、ガス、照明具等の設備が原告等の自費で施されたこと、商品の仕入れも原告等が各自これを行つていること、各店舗はそれぞれ独自の商号及び包装紙を使用していること、宣伝広告も原告等各自これに当り各店舗の夜警費、消防費、税金等もすべて原告等が負担していること等から推すと、原告等はそれぞれ店舗という一定の場所に対する占有権を保有し、対外的にも営業の独立性、責任性を具備し、その被告会社に対して支払う金員は店舗利用にたいする対価的意味を有し、以つて被告会社と原告等との間の法律関係は賃貸借契約の要素が最も濃厚であると考えられる。被告は、原告等と被告との間の法律関係は両者間に締結された営業基本則にもとずく一種の無名契約であると主張し、右営業基本則なるものを仔細に検討すると、右契約は雇傭及び委任の混合的契約と解せられるのであるが、前述のように、原告等はその各自の計算で商品を仕入れて販売し、税金も各自が負担しおるのみならず、被告会社には原告等に対する就業規則もなく従業員名簿もなく又給料の支給もないのであつて、アロハアーケードなる名称も云わば単なる場所的名称に過ぎず、原告等の営業は被告会社の信用にもとずいてなされているものでなく、原告等独自の立場においてなされる営業であると認めるを相当とするから、被告会社と原告等との間の法律関係は結局一種の賃貸借契約であつて、原告等は借家法による賃借人としての保護を受くる資格を失わぬものと解すべきであろう。
ところで原告等は被告会社に対し、昭和二十四年九月一日から昭和二十五年一月末日まで一日当り原告古沢は金四百九十六円、同鷹野は金五百四十四円、同大山は金四百円、同古橋は金千円、同井上は金九百十二円、同定政は金三百八十四円、同伊藤は金千二十四円、同三浦は金九百十二円宛をそれぞれ支払つて来たことは当事者間に争のないところであり、本件各店舗についての原告等と被告会社との間の法律関係は前述の如く一種の賃貸借契約であると認めるを相当とするから、右金員もそれぞれ右各店舗の賃借料として支払われたものと解するを妥当としよう。ところが原告本人定政通男及び大山一吉の各供述によれば、昭和二十五年一月頃原告等は被告会社に対し右各賃料が不当に高額であるとして同年二月一日以降これが減額方申入れ、被告会社の承諾するところとならなかつたことが認められる。しかして原告等の被告会社に対する右申入は借家法第七条にいわゆる借賃の減額請求と解するを相当とし、右借賃減額請求権は形成権であつて原告等の減額請求の意思表示が被告会社に到達した時をもつて直ちにその効力を生ずるものと考うべきであるから、昭和二十五年二月一日以降の本件各店舗の賃料は以下本判決において確定する金額となる訳である。
そこで次に、本件各店舗の適正な賃料額について判断するに、本件店舗が昭和二十一年一月中建築されたこと、原告等が本件各店舗を賃借したのは同年一月二十一日であつて、その数ケ月後に一日当り原告古沢は金百二十二円、同鷹野は金百六十円、同大山は金四百円、同古橋は金二百円、同井上は金百二十円、同定政は金百二円、同伊藤は金二百八十円、同三蒲は金百二十円の各賃料を支払つたことは当事者間に争のないところであり、右争のない事実より昭和二十一年九月三十日当時も原告等は被告会社に対し右同金額を支払つていたものと推定せられ、右推定を覆すべき証拠はない。
ところで右各賃料は地代家賃統制令第四条第一項に該当する家賃であつて、右各金員は昭和二十一年九月三十日(指定期日)における家賃の停止統制額となるものであるが、右指定期日以後昭和二十五年二月一日までに右停止統制額は昭和二十二年九月一日物価庁告示第五四二号(建築完成昭和二十一年以降は修正率一・〇倍)昭和二十三年十月九日物価庁告示第一〇一二号(同修正率一・六倍)及び昭和二十四年六月一日物価庁告示第三六八号(同修正率一・三倍)によつて各修正せられ、昭和二十五年二月一日における本件各店舗の一ケ月当り各賃料は原告古沢は金六千九百八十八円八十銭、同鷹野は金九千九百八十四円、同大山は金二万四千九百六十円、同古橋は金一万二千四百八十円、同井上は金七千四百八十八円、同定政は金七千四百八十八円、同伊藤は金一万七千四百四十二円、同三浦は金七千四百八十八円となり、右各金員が前同日の停止統制額となる訳である。よつて昭和二十五年二月一日における本件各店舗の適正賃料は右各停止統制額と同一の金額であると認めるを相当としよう。
次に被告の主張によれば、原告古沢、鷹野、井上、定政及び伊藤は昭和二十五年一月一日以降、同大山は同年四月二十一日以降、同古橋は同年五月一日以降、同三浦は同年九月十一日以降いずれも再三の督促に拘らず賃料の支払をなさないので、被告会社は昭和二十五年八月二十三日原告等(三浦を除く)に対し該金員を一週間内に支払うよう催告したがこれを履行しないため、同年九月六日同原告等との賃貸借を解除し、又原告三浦に対しては昭和二十六年一月二十五日賃料の支払を催告したがこれに応じないので、昭和二十七年十二月十一日同人との賃貸借を解除したというにある故、その主張の当否について判断する。郵便官署の作成部分につき成立に争なくその他の部分も真正に成立したと認める乙第十二ないし第二十五号証によれば、被告会社は昭和二十五年八月二十三日附内容証明郵便をもつて原告等に対し、同日より一週間以内に同年二月一日より(原告大山については同年四月二十一日より、同古橋については同年五月一日より)同年七月末日までの各賃料として原告古沢は金八万五千六百八円、同鷹野は金九万四百八十円、同井上は金十五万八千六百八十八円、同定政は金六万六千八百十六円、同伊藤は金十二万二千四百九十六円、同大山は金三万九千六百円、同古橋は八万七千五百七十六円の支払をなすよう催告したが、原告等においてその履行をなさなかつたので、同年九月六日附内容証明郵便をもつて原告等との賃貸借契約を解除したことが認められ、右催告にかかる金員は前示各確定賃料に比較すれば相当過大にわたることを免れないが(尤も昭和二十五年七月十一日以後は店舗の賃料についての統制が解除され賃料増額の処置は可能の状態となつたが)、右確定賃料の範囲内で被告会社の催告は有効であると解すべきである。
ところで一方成立に争のない甲第十三号証の一、二及び第十四号証によれば、原告等(但し三浦を除く)は昭和二十五年八月二十日に同年二月一日より同年八月末日までの賃料としてそれぞれ原告等の適正と認める金員(一店舗につき一ケ月金二千五百円宛大山のみは二千円宛)を被告会社に支払つたことが認められるが、右金員は前示確定賃料に比すれば著しく過少であるのみならず、前述のように、昭和二十一年九月三十日(指定期日)をもつて家賃が停止せられ、その後は物価庁告示により修正された停止統制額を超えて賃貸人は賃料の請求をなし得ぬ状態にあり、このことは原告等が本訴において強く主張しているところであるに拘らず、たとえ原告等が主観的に適正な賃料と信じたにせよ、前示確定賃料に比較の著しく過少な金員を支払つたことは、これを以てとうてい債務の本旨に従つた履行と認め難く、この点において原告等は右賃料債務の履行遅滞に陥つているものと云わなければならない。従つて右履行遅滞を理由とする被告会社の原告等に対する賃貸借契約解除の意思表示は有効と解すべく、右意思表示は遅くとも昭和二十五年九月八日原告等にそれぞれ到達したことが推定できるから、同日をもつて本件賃貸借契約が解除されたものと認めるを相当とし、右認定を覆すべき証拠はない。なお原告三浦に対しては、被告会社が昭和二十六年一月二十五日附訴状をもつて賃料の支払を催告し、同訴状は同年二月一日送達されたことは当裁判所に顕著な事実であるところ、原告提出の全証拠によつても右送達後原告三浦が被告会社に対してその主観的に適正と信ずる資料さえもこれを支払つた事実を肯認することができないから、右履行遅滞を理由として昭和二十七年十二月十一日の口頭弁論期日において原告代理人に対してなされた本件賃貸借解除の意思表示は有効であり、同日をもつて同原告との間の賃貸借契約も解除されたものと認めるを相当とする。
以上のような次第であるから、原告等と被告会社との間の賃貸借契約関係の存在の確認を求める原告の本訴請求は爾余の争点につき判断をなすまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のように判決する。
(裁判官 山口正夫)